絶望
2025年8月。私は絶望していた。 後にも先にも、ここまで人生の底に落とされたことはない。 いや、2020年のあの頃も十分に地獄だった。 ただ、今回だけは明確に違う点がある。
「私のせいではない。」
この地獄は、私が誘発したものではない。 すべてが、猛スピードで私に突っ込んできた“貰い事故”の様なものだ。
──2024年12月。 父から突然電話があった。
「70万、貸してくれ。」
ただ、それだけだった。
思えば、この地獄はここから始まったのかもしれない。
私の両親は、母の両親──つまり祖父母が立ち上げた小さな鋼材屋を個人経営している。 従業員はほとんどが身内。 二次産業は年々若者が減り、会社の平均年齢は45歳を超える。 私は三人兄弟で、長男である兄が跡継ぎとして働いている。 私自身も、色々あって2年ほどその会社にいたから、業界の空気はなんとなく理解していた。
そしてこの会社は父が祖母から受け継いだ時には赤字経営で、父が私たちを育てながら必死に黒字になるように努力しているのを知っていた。
──2020年、コロナパンデミック。 あの時、世界は絶望に包まれた。
私も、6年勤め若干23歳でフレンチの花形のポジションであるソシエまで上り詰めたレストランを辞めざるを得なくなった。 散々悩んで出した答えだった、その答えを信じてその後も必死に頑張った。
そう、2020年。本業と並行してやっていた副業のトレードを信じて、私は専業トレーダーに転職した。 そして努力が実り、一時は800万まで稼いだ。
そして、すべてを失った。
職も、金も、プライドも。 そして、自分自身さえも失ってしまおうとした。 そんな私を一時的に保護してくれたのが、父の会社だった。
だが、私はこの仕事に向いていないことを小さい頃から知っていた。 入社3日目で指先を一本失った。 料理人として大切な指を落としてしまった。
その後も合わないとわかりながら一生懸命仕事を覚えて務めた。そして機会に恵まれて約1年半後には今のレストランへの転職が決まり、父の会社を出ることができた。
転職後はブランクもあり、指もない状態で本調子に戻すのは大変だった。 それでも、なんとか乗り越えていた。 これから好転していく──そう思っていた矢先のことだった。
父からの70万の話。 理由は聞かなかった。 コロナからの経済回復が見込めていないことはわかっていたし、救ってくれた恩もあった。 不安を抱えたまま年を越し、年始に顔を合わせて話すことができた。
「何があったのか、どうしてお金が必要だったかは問わない。 だが、身を投げるようなことだけは絶対にしないでくれ。 私の親孝行は、これからなんだ。」
泣きながらそう伝えたのを覚えている。
その後、70万は返済された。 安心したのも束の間だった。
──2025年3月。 「もう一度、70万貸してくれないか。」
心臓が止まるかと思った。 本格的にまずい──直感でそう感じた。
だが、次男の小学校入学もあり、全額は無理だった。
「45万が限界なんだけれど……それでもいいなら。」
そう言って、会社が良い方向に向かうことを願いながらお金を貸した。
2025年5月14日。
私は30歳の記念に、バンジージャンプをするための旅行に出ていた。 コンクリートの世界から抜け出し、自然の中で心を解放しようとしていた矢先のことだった。
滅多に連絡のない兄から突然の電話。 その直後、父からも着信が入った。 電話に出ると、父は一言だけこう言った。
「私が悪いんだ。兄弟で喧嘩はしないでほしい。」
意味が分からなかったが、旅行中ということもあり「分かった」とだけ返した。 その後、兄から「ゆっくり話したい」と連絡があり、その日の夜に電話をすることにした。
夜。兄からの着信を取る。
「どうしたの?」
「多分、倒産する。」
「なんとなく察していたけど、そんなにまずいの?」
「今年一年動けるかどうか。自己破産か、買収か。会社の担保に実家が入ってるから、実家もなくなると思う。」
最悪の事態は想像していたつもりだったが、予想を超えていた。 兄の話を聞きながら、胸の奥がじわじわと冷えていくのを感じた。
兄には「今まで迷惑をかけた分を返すように」と言われたが、 私もお金を貸していることを伝えた。兄は驚いていた。どうやら父は色々と隠したまま、会社がまずいという現状だけ兄に伝えていたようだった。
喧嘩になることもなく話を終えられたのは、ひとまずの救いだった。 そのあとは、せっかくの旅行だからと気持ちを切り替え、翌日の誕生日に無事バンジージャンプを成功させた。
2025年7月。
2月からの部署異動、新しい職務、パワハラ・セクハラ上司の対応。 疲労困憊の毎日を過ごしていた。
父の会社のことは、あの電話以来連絡がなく、少し忘れかけていた。 そんなある日、妻から「学校から電話があった」と連絡が入った。
長男のことでトラブルがあったらしい。 ため息が出る。今年に入って三度目だった。
一度目は、買ったばかりのTシャツに鉛筆で落書きされた。
二度目は、玄関前に「死ね」と落書きされた。
最近の小学生はどうなっているのか、常識を疑いたくなる。
どちらも子ども同士の問題として、加害者の親が直接謝罪に来たため、大事にはしなかった。
だが、三度目は違った。
長男の一つ上の学年の、まったく関係のない子が、 長男のキッズスマホを使って、妻に 「死ね」 と送ってきたのだった。
これは子どものやったことでは済まされない。 妻も長男も被害者だ。私が表に出ることにした。
学校に責任者からの説明を求め、相手の家庭を特定してもらい、連絡を待った。
翌日、相手の母親から電話があった。
その態度といい、言葉遣い、軽率な発言。 本当に事の重大さを理解しているのか、疑いたくなるほどだった。
話にならないと判断し、父親を出すように伝えた。 夜20時頃、父親から電話が来た。
「そらにんさんの思うようにできればと思います。」
そう言われたので、誠意のある態度を示してくれると思い。謝罪の誠意を測るために示談金を請求した。 「少し考えさせてください」と言って電話は切れた。
しかし、ここまで一度も謝罪はなかった。
その後、待てど暮らせど返事は来ない。 しびれを切らして私がメッセージを送ると、返ってきたのは、
「示談には応じません」
という一言だった。
あまりの不誠実さに、怒りで我を失いそうになった。
2025年8月。
何も進まない。何も解決しない日々が続いていた。 会社のストレス診断は最低評価のC。 正直心が壊れる寸前だった。
だけど「病は気から」と自分に言い聞かせ、見て見ぬふりをしていた。
8月には、楽しみにしていた“長岡花火大会”があった。 後輩のご両親が長岡市に住んでいて、招待してくれたのだ。 大人になって初めての新潟旅行ということもあり、胸が高鳴っていた。
案の定、最高の花火だった。 夜空に咲く光の大輪を見上げながら、自然と涙が流れた。 それが感動の涙なのか、日々の苦しみからの涙なのか、今でも分からない。 ただ、あの花火は確かに私の心に小さな火を灯してくれた。
夏休みということもあり、近所で仲良くしている家族と合同で福島旅行にも行った。 福島は母方の祖母の故郷で、私は年に一度は訪れている場所だ。 友人家族と自然を眺めながらキャンプをし、楽しい時間を過ごした。
友人家族が先に帰ったその夜、祖母から会社の話をされた。
「1億の赤字があるらしいの。」
頭が真っ白になった。 億? 数千万ではなく?
どうやら私が19歳で家を出た頃には、すでに始まっていたらしい。じわじわと積みあがってたらしい。
どうすればいいのか分からなかった。 赤字経営の会社を継がせた祖母。 それを引き継ぎ、私たち兄弟を育ててくれた父。 誰が悪いのか、誰の責任なのか。 行き場のない怒りは燃えるだけで、私をさらに苦しめた。
そのあと祖母は言った。
「ソラニンは家族を大切にして、幸せそうで良かった。」
祖母には、私が順風満帆に見えているらしい。 そんなはずがない。 胸の奥で、また別の怒りが湧いた。
祖母は少し認知症が始まっていて、どうせ忘れてしまうだろう。 だからこそ、ここしかないと思い、言葉を選びながら泣きながら現状を話した。 多分もう覚えていないだろう。 でも、あの時に言いたいことを言わなかったら、私はそこで心が折れていたと思う。
そして祖母がくれたアドバイスはひとつだけだった。
「感謝を忘れないように。」
ただ、それだけだった。
旅行から戻り、現状を振り返った。
会社では休憩も取れず、パワハラ・セクハラ上司のフォロー、そして激務。
実家は火の車。いや、炎上していると言ってもいい。
示談は進まず、謝罪もない。裁判をするしかない。
今の会社の給料自体は悪くない。生活はできている。 でも、この問題たちを解決するにはお金が足りない。 アルバイトをするわけにもいかない。
もう答えはひとつしかなかった。
トレードに賭ける。
あの時、800万を稼いだ自分の実力を信じて、あの世界に戻るしかない。
絶望の淵で、私はもう一度“地獄の門”を叩く決意をした。
すべてを良くするために。
これ以上、絶望しないために。
続きはこちら👇
・プロローグ
・第一話 絶望
・第二話 邂逅
・第三話 漸進
・第四話 革命
・第五話 牆壁
・第六話 邁進
・第七話 呱呱
・第八話 騰貴
・第九話 祝福
・第十話 善進
・第十一話 紆余
・第十二話 曲折
・第十三話 起死
・第十四話 回生
・第十五話 全蒼
【物語を読むあなたへ】
この物語の中で、私が実際に使っていたツールや証券会社が登場します。 「自分もトレードを始めてみたい」と思った初心者方のために、 最低限の準備だけ、ここにまとめておきます。
トレードを上達する為に毎日書いていた日記用のノート↓
使い勝手が良くてトレード以外にもお勧めノート!
本気で自分を変えるなら思考を可視化するところから。
トレードでも仕事でもプライベートでも使いやすい使用になってます!
【PR】マルマン(maruman) ノート ニーモシネ 7mm罫 B5 N194A
私が人生で初めて最初に口座を開いた国内証券会社 ↓
【PR】【DMM FX】アカウント登録のお申込みはこちら
最┃短┃即┃日┃で┃取┃引┃ス┃タ┃ー┃ト┃!┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
※最短手続きで本人認証が完結した場合の申込完了から登録審査完了までの時間。
当社休業日や申込内容等に不備があった場合は除く。
お得な特典!【最大500,000円キャッシュバック】
抜┃群┃の┃操┃作┃性┃で┃ス┃ピ┃ー┃デ┃ィ┃な┃取┃引┃!┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛
私が人生で初めて最初に株用の口座を開いた国内証券会社↓
【PR】松井証券
2024年度問合せ窓口格付け(証券業界)〜最高評価の「三つ星」14年連続で獲得!
【手数料】1日の株式約定代金合計50万円まで手数料が無料!
〜NISA手数料は全商材無料!〜
【安心サポート】お客様の「困った」にスタッフが丁寧にお応えします!
【情報ツール】無料で使える高機能な情報ツールがたくさん!
今なら2000ポイント貰えるチャンス!!



コメント